暮らす・働く 学ぶ・知る

冒険家・阿部雅龍さん、飛行機飛ばず南極冒険1年延期 「誓い」の再始動

「厳冬期北海道400キロメートル徒歩」の旅を発表した阿部雅龍さん

「厳冬期北海道400キロメートル徒歩」の旅を発表した阿部雅龍さん

  •  
  •  

 板橋区在住の冒険家・阿部雅龍さんが10月30日、厳冬期の北海道400キロメートルをそりを引きながら徒歩で制覇する「日本最北端の初日の出 南極冒険の誓い」の旅を12月19日から行うことを発表した。

南極「しらせルート」挑戦の年内敢行断念を10月25日に発表

 本来であれば、阿部さんは日本を11月初旬にたって南米チリ経由で南極へ向かい、「しらせルート南極点単独徒歩到達」挑戦を行う予定だったが、南極大陸での小型飛行機チャーターを独占する会社から「今年は飛行機を飛ばせない。来年なら飛ばす」との連絡を受け、挑戦を1年先延ばしにせざるを得なくなったことを10月25日に発表。27日には「年末に行う国内での冒険について、数日以内に発表する」としていた。

[広告]

 阿部さんによれば、今年1月に成功させた日本人初の「メスナールート南極点単独徒歩到達」挑戦時にも飛行機会社と交渉を行い、「しらせルート」挑戦を年内実現させるための調査や燃料備蓄する中継地点を作るといった事前準備を含めた小型飛行機のチャーター費用として7,500万円の最終提示を受けた。スポンサーやクラウドファンディングなどを通じて資金を調達し、冒険家生活15年来の念願だった挑戦決行を確実視していたという。

 阿部さんは「何度も現実に打ちのめされながら、諦めずに立ち上がり問題を解決し続けてきた。トレーニングは欠かさず体作りを行い、仕事道具の人力車も手放し、大勢の方の支援を得ながら人生の全てを懸けて取り組んで出発を目前に控えたタイミングでの中止の連絡にはさすがに落ち込んだ。飛行機会社に対する憤りや、『こんな現実があってたまるか』という思いが込み上げた」と悔しがる。「観光支援を本業に南極大陸の飛行機チャーターを独占的に手掛けている会社で、自分のような冒険者の支援は彼らのビジネス対象のメインではない。膨大な金額の提示は、冒険者の能力をふるいにかけるためのもので、その提示額を用意してきたことで彼らも僕のサポートを真剣に考え始めた中での判断だったのかもしれない」とも。

 阿部さんが挑戦する「しらせルート」はその半分近くが人類未踏破。阿部さんがスタート地点に決めた南極のベースキャンプから数千キロも離れた「大和雪原」の地に降り立つこと自体、同じ秋田県出身の探検家・白瀬矗(のぶ)が到達して命名した1912(明治45)年1月28日から100年以上、計画はあっても実現されることはなく、「冒険家にとっても、飛行機会社にとってもリスクが大きい大冒険」だという。「お金さえ払えば飛行機を飛ばしてもらえる、という簡単な話ではなく、当日の気象条件なども整わなければ小型飛行機は飛ばさない。着陸地点の地形など未知の部分も多く、雪に覆われて隠れたクレバスなどもあって、入念な下調べが必要という飛行機会社の言い分も分かる。今回の判断を絶望的に捉えず、『今ある現状は必ず変えられる』『強く願い続ければ夢はかなう』とポジティブに考えて、日本人が果たすべき最大の夢への挑戦に向けて、改めて準備を整える」と決意を新たにする。

 当面の間はトレーニングを続け、体力増強と冒険のPRを兼ねられて予算も多くかからない国内のチャレンジをいくつか行う考えで、南極大陸の冒険後まで人力車の再購入は考えず、講演会や執筆の仕事を受けながら生活費を賄っていくという。

 1年後の「しらせルート」挑戦に向けたチャレンジ第1弾として発表した「厳冬期北海道400キロメートル徒歩」の旅は、札幌を出発地点に日本最北端・宗谷岬までの道のりを食料や装備を積んだそりを引きながら歩き、新年1月1日の初日の出を日本最北端で迎えるというもの。阿部さんは「日本で耐寒と雪上トレーニングを行うとなると、やはり日本最北端に行くしかない。日本最北のご来光に南極挑戦の誓いを立てることで、信念をさらに強くする。支援者の方々に、冒険を通じて北海道の魅力と日本最北端の初日の出を届けたい」と話す。

  • はてなブックマークに追加